国立感染症研究所 感染症疫学センターは、2018年10月2日「風疹急増に関する緊急情報:2018年9月26日現在」を公開しました。その全文を掲載します。
【風疹急増に関する緊急情報:2018年9月26日現在】
国立感染症研究所感染症疫学センター
2018年第1~38週の風疹患者累積報告数は770人となり(図1)、第37週までの累積報告数642人から128人増加した(図2-1,2-2)。2008年の全数届出開始以降では、2018年は2013年、2012年に次いで3番目に多い報告数である(図3)。過去には2013年に14,344人の患者が報告され、この流行に関連した先天性風疹症候群が45人確認されている(図3)。
「風しんに関する特定感染症予防指針(厚生労働省告示第百二十二号:平成26年3月28日)」では、「早期に先天性風疹症候群の発生をなくすとともに、平成32年度までに風疹の排除を達成すること」を目標としている。先天性風疹症候群の発生を防ぐためには、妊婦への感染を防止することが重要であり、妊娠出産年齢の女性及び妊婦の周囲の者のうち感受性者を減少させる必要がある。また、風疹の感染拡大を防止するためには、30~50代の男性に蓄積した感受性者を減少させる必要がある。
2013年の流行以降は、2014年319人、2015年163人、2016年126人、2017年93人と減少傾向で(図2-1,2-2,3)、2018年は第20週(5月14日~20日)の11人を除き、第29週までは1週間あたり0~7人の範囲で報告されていた(図1)。しかし、第30週(7月23日~29日)に19人、第32週(8月6日~12日)に42人、第34週(8月20日~26日)に98人、第37週(9月10日~16日)に151人と増加し、第38週(9月17日~9月23日)は104人が報告された(図1)。地域別には東京都(239人)及び千葉県(179人)からの報告が多く、神奈川県、埼玉県、愛知県、茨城県からの報告が増加してそれぞれ80人、54人、44人、28人となった(図4)。第38週は東京都、千葉県、神奈川県、埼玉県、茨城県、愛知県以外にも、静岡県、大阪府、兵庫県からも複数報告された(図5)。人口100万人あたりの患者報告数は全国で6.1人となり、千葉県が28.8人で最も多く、次いで東京都の17.7人、茨城県の9.6人、神奈川県の8.8人、埼玉県の7.4人、愛知県の5.9人、広島県の5.3人が続いた(図6)。首都圏での風疹報告数増加が継続する一方で、首都圏以外の地域からも報告が認められている(図7)。
報告された風疹患者の症状(重複あり)は、多い順に発疹761人(99%)、発熱673人(87%)、リンパ節腫脹461人(60%)、結膜充血309人(40%)、関節痛・関節炎182人(24%)、咳166人(22%)、鼻汁115人(15%)、血小板減少性紫斑病3人(0.4%)であった。
検査診断の方法(重複あり)は、ウイルス分離・同定14人(2%)、PCR法によるウイルス遺伝子の検出457人(59%)、血清IgM抗体の検出350人(45%)、ペア血清による風疹抗体陽転/有意上昇21人(3%)であった。
推定感染源は、770人中不明あるいは未記載が680人(88%)と最も多かった。また、何らかの記載があった90人(12%)中、職場の同僚・職場で流行等、「職場」と記載があった者が41人と最多で、その他、家族、友人、コンサート/ライブ、通勤途中、旅行/出張等の記載があった。
報告患者の96%(739人)が成人で、男性が女性の4.8倍多い(男性638人、女性132人)(図8,9,10)。男性患者の年齢中央値は41歳(0~84歳)で、特に30~40代の男性に多く(男性全体の63%)、女性患者の年齢中央値は29歳(1~76歳)で、特に妊娠出産年齢である20~30代に多い(女性全体の58%)(図10)。予防接種歴は無し(186人:24%)、あるいは不明(524人:68%)が92%を占める(図8,9)。
国外での感染が推定される症例は11人(1%)と少ない(図11)。
風疹はワクチンによって予防可能な疾患である。今回報告を受けている風疹患者の中心は、過去にワクチンを受けておらず、風疹ウイルスに感染したことがない抗体を保有していない集団である。予防接種法に基づいて、約5,000人規模で毎年調査が行われている感染症流行予測調査の2017年度の結果を見ると、成人男性は30代後半(抗体保有率(HI抗体価1:8以上):84%)、40代(同:77~82%)、50代前半(同:76%)で抗体保有率が特に低い(図12,13)。2018年の風疹患者報告の中心もこの年齢層の成人男性であることから(図14)、この集団に対する対策が必要である。一方、妊娠出産年齢の女性の抗体保有率(HI抗体価1:8以上)は概ね95%以上で高く維持されていたが、妊婦健診で低いと指摘される抗体価(HI抗体価1:16以下)の割合は20代前半で20%、20代後半で24%、30代前半で16%、30代後半で12%、40代前半で16%、40代後半で19%存在することから、特に妊娠20週頃までの妊婦の風疹ウイルス感染には注意が必要である(図15)。
日本において風疹ワクチンは、1977年8月~1995年3月までは中学生の女子のみが定期接種の対象であった(図16)。1989年4月~1993年4月までは、麻疹ワクチンの定期接種の際に、麻疹おたふくかぜ風疹混合(MMR)ワクチンを選択しても良いことになった。当時の定期接種対象年齢は生後12か月以上72か月未満の男女であった。1995年4月からは生後12か月以上90か月未満の男女(標準は生後12か月~36か月以下)に変更になり、経過措置として12歳以上~16歳未満の中学生男女についても定期接種の対象とされた。2001年11月7日~2003年9月30日までの期間に限って、1979年4月2日~1987年10月1日生まれの男女はいつでも定期接種(経過措置分)として受けられる制度に変更になったが、接種率上昇には繋がらなかった。2006年度から麻疹風疹混合(MR)ワクチンが定期接種に導入され、1歳と小学校入学前1年間の幼児(6歳になる年度)の2回接種となり、2008~2012年度の時限措置として、中学1年生(13歳になる年度)あるいは高校3年生相当年齢(18歳になる年度)の者を対象に、2回目の定期接種が原則MRワクチンで行われた。
これらのワクチン政策の結果、近年の風疹患者の中心は小児から成人へと変化している。妊娠20週頃までの女性が風疹ウイルスに感染すると、胎児にも風疹ウイルスが感染して、眼、耳、心臓に障害をもつ先天性風疹症候群の児が生まれる可能性がある。妊娠中は風疹含有ワクチンの接種は受けられず、受けた後は2か月間妊娠を避ける必要があることから、女性は妊娠前に2回の風疹含有ワクチンを受けておくこと、妊婦の周囲の者に対するワクチン接種を行うことが重要である。また、30~50代の男性で風疹に罹ったことがなく、風疹含有ワクチンを受けていないか、あるいは接種歴が不明の場合は、早めにMRワクチンを受けておくことが奨められる。風疹はワクチンで予防可能な感染症である。