概要

 MERSは、2012年に人の感染例が初めて確認された新しいウイルス感染症です。原因となるウイルスはコロナウイルスの一種で、MERSコロナウイルスと呼ばれています。2003年に世界的流行を起こした重症急性呼吸器症候群(SARS)もその病原体はコロナウイルスの一種ですが、両者は異なる疾患です。

これまでの流行の概要

 2012年9月22日に英国よりWHOに対し、中東へ渡航歴のある重症肺炎患者から後にMiddle East Respiratory Syndrome Coronavirus(MERSコロナウイルス)と命名される新種のコロナウイルス(以下、MERS-CoV)が分離されたとの報告がありました。それ以来、中東地域に居住または渡航歴のある者、あるいはMERS患者との接触歴のある者において、このウイルスに感染して発病した症例が継続的に報告され、医療施設や家族内等において限定的なヒト−ヒト感染が確認されてきました。

 一方、韓国では2015年4月18日〜5月3日まで中東4か国(バーレーン、UAE、サウジアラビア、カタール)を歴訪した68歳の男性が帰国後の5月11日に発症し、同月20日にMERSと診断されるまでに4つの医療機関を受診または入院し、以降二次感染、三次感染の患者が家族内もしくは院内感染で発症し、中東以外では最大のアウトブレイクとなっています。

疫学

 2012年4月から2015年6月10日までに、ヒト感染の確定症例1,288例(死亡498例:致命率38.7%)がWHOに報告されています(図1)。報告地域(国)は中東地域(ヨルダン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、イエメン、イラン、レバノン)、アフリカ(エジプト、チュニジア、アルジェリア)、ヨーロッパ(フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、英国、オランダ、オーストリア、トルコ)、アジア(マレーシア、フィリピン、韓国、中国)、北アメリカ(米国)の計25か国となっています(図2)。中東地域以外の国からの報告例は、これまではすべて中東地域への渡航歴のあるもの、もしくはその接触者に限定されていました。年齢が明らかな1172例での年齢中央値は49歳(9か月〜99歳)、性別が明らかな1165例中男性は66%でした。これまでに最も患者が発生しているのはサウジアラビア(2015年6月10日現在1028例、79.8%)であり、中東以外の国で、輸入例を発端とした国内感染事例が報告されているのは、イギリス、フランス、チュニジア、韓国の4か国です。感染経路として、動物からの感染、医療機関や家族内におけるヒト-ヒト感染が報告されているが、曝露※歴が不明なものも少数認められています。2015年1月1日以降、157例のMERS患者がサウジアラビアから報告され、患者の多くは20の病院におけるアウトブレイク事例と関連があったと報告されています。過去の事例と比較し、病院におけるアウトブレイクの増加を認めますが、その規模は小さいとされています。家族内での限定的なヒト-ヒト感染も認められています。

※曝露とは:細菌・ウイルスなどにさらすこと。また、さらされること。




韓国の状況

 2015年4月28日から5月3日にかけて中東4か国(バーレーン、UAE、サウジアラビア、カタール)を歴訪した韓国国籍68歳の男性は、5月4日にカタールから仁川(インチョン)国際空港より帰国しました。彼は5月11日に発病後20日に診断されるまでに4つの医療機関で加療を受けていました。WHOへの報告によると、この68歳男性は中東に滞在中にラクダとの接触、MERS発症患者との接触や医療機関を訪問したことはないとされています。

 2015年6月15日までに、この患者を発端とした二次感染、三次、四次感染患者は149例(発端者を加えると150例)発生しており、15名が死亡しています。この149例は、これまでのところ全て医療機関での院内感染かもしくは家族・親族・友人間の濃厚接触による感染であると報告されています。この中にはMERS発症者と同日の病棟に入院していたが、当該患者とは濃厚な接触のなかった感染発病例も報告されています。また、医療関係者での発症は12名(医師2名)です。今後さらに発病者数が増え続ける可能性があります。

症状

 MERSコロナウイルスに感染した場合の症状は無症状から軽度の呼吸器症状、重症の急性呼吸器症状から死亡までと幅広くみられています。典型的なMERSコロナウイルス感染症の症状は発熱、咳、そして呼吸困難であるとされています。肺炎はよくみられますが、常に存在するわけではありません。一部の症例では、下痢を含む消化器症状もこれまでに報告されています。重症化すると人工呼吸管理とICUでのケアが必要になる場合があり、これまでにMERSコロナウイルス感染症と報告された患者の約36%が死亡しているとの報告もあります。しかし、MERSコロナウイルスに感染しても、無症状のままであったり、軽症で推移する場合も少なくないとの指摘もあり、実際の死亡率はこれよりもかなり低いと予想されます。

 高齢者や免疫力が低下している人、癌や慢性の呼吸器疾患、糖尿病等を合併している人は、MERSによって重症化しやすいと言われています。

国立感染症研究所のリスクアセスメント

 2015年における中東でのMERS患者発生の疫学的特徴は、これまでと同様に動物からヒトへの伝播事例と主に医療現場、および家族内での2次感染事例であるが、感染原因が不明な事例も一定程度報告されている。しかし市中における継続的な感染伝播は確認されていない

 2015年5月の、韓国における中東地域からの帰国者を発端としたMERSの集団発生
事例は、医療機関における渡航歴確認の重要性と、医療機関と公衆衛生当局との連携、必要時の迅速な診断、確定例に対する迅速な積極的疫学調査、医療機関での適切な感染予防策の実施が改めて重要と考えられた

 日本においても、今後、現在症例が発生している地域からの輸入例が発生する可能性がある

 確定例またはラクダとの接触歴は明確でない場合や軽症である可能性があることに留意し、感染症法に基づく届出基準に従って症例の探知と報告を適切に行うことが重要である

 確定患者の接触者においてヒト−ヒト感染があることに留意し、迅速に接触者調査を実施し、感染拡大を防止することが重要である

 医療従事者は、医療機関内での感染伝播を確実に防止するため、患者の診療に当たる際はMERSが疑われる段階から患者への感染拡大防止に関する指導、医療の実施に当たっては標準予防策及び飛沫予防策を徹底する必要がある

 今後も中東地域と韓国、中国における輸入例およびそれに疫学的関連のある症例の発生状況を注意深く監視していくことが重要である

※国立感染症研究所ホームページ「中東呼吸器症候群(MERS)のリスクアセスメント (2015年6月4日現在)」http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/2186-disease-based/alphabet/hcov-emc/idsc/5703-mers-riskassessment-20150604.htmlより転載


最後に

 現時点では、MERSコロナウイルスはSARS程ヒト−ヒト間での感染性はなく、世界的流行に至る可能性は低いと考えられます。しかし、現在中東からの帰国者を発端とした韓国におけるMERSのアウトブレイクは現時点でも広がりを見せています。
一方、これまでのところ、韓国国内での感染発病例は医療機関内での院内感染かまたは家族間の濃厚接触による感染に限定されています。MERSは、SARSと同様に病初期の感染性は低く、重症化すると高くなると予想されることから、発病者を早期に検知し、迅速に隔離して治療することがこのMERS対策として重要であると思われます。
なお、現在実施されている疫学調査から、今後さらに多くの新たな知見が得られると予想されます。本疾患に関する正確で適切な情報を迅速に得る努力を継続していくことが必要です。

参考資料として
・WHO MERS-COV Fact sheet:http://www.who.int/mediacentre/factsheets/mers-cov/en/
・WPRO MERS-COV:http://www.wpro.who.int/outbreaks_emergencies/wpro_coronavirus/en/
・ECDC Severe respiratory disease associated with Middle East respiratory
syndrome coronavirus (MERS-CoV) 16th update, 05 June 2015 :
http://ecdc.europa.eu/en/publications/Publications/middle-east-respiratory-syndrome-coronavirus-rapid-risk-assessment-5-June-2015.pdf
・Flu Trackers com. South Korea Coronavirus MERS Case List - including imported and exported cases:https://flutrackers.com/forum/forum/novel-coronavirus-ncov-mers-2012-2014/novel-coronavirus-who-chp-wpro-ecdc-oie-fao-moa-reports-and-updates/south-korea-coronavirus/732065-south-korea-coronavirus-mers-case-list-including-imported-and-exported-cases
・国立感染症研究所 MERSのリスクアセスメント:http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/alphabet/mers/2186-idsc/5703-mers-riskassessment-20150604.html
・厚生労働省 MERSについて:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers.html

大阪府済生会中津病院感染管理室室長 国立感染症研究所感染症疫学センター客員研究員 安井良則氏
更新:2015/6/17