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概要

 破傷風菌による毒素のひとつである神経毒素(破傷風毒素)により強直性けいれんをひき起こす感染症です。破傷風菌は芽胞の形で土壌中に広く常在し、創傷部位から体内に侵入します。侵入した芽胞は感染部位で発芽・増殖して破傷風毒素を産生します。

特徴的な症状

 破傷風の特徴的な症状の強直性けいれんは破傷風毒素が主な原因です。潜伏期間(3~21日)の後に局所(痙笑、開口障害、嚥下困難など)から始まり、全身(呼吸困難や後弓反張など)に移行し、重篤な患者では呼吸筋の麻痺により窒息死することがあります。近年、1年間に約40人の患者(致命率:約30%)が報告されていますが、これらの患者の95%以上が30才以上の成人でした。

病原体

 偏性嫌気性菌である破傷風菌は好気的な環境では生育できません。通常は、熱や乾燥に対し高い抵抗性を示す芽胞の形態で世界中の土の中に広く分布しています。我々の日常生活において芽胞との接触を完全に遮断することは不可能です。誰にでも感染が成立する可能性があるといえます。

 破傷風菌はその芽胞が創傷部位より体内に侵入し感染します。現在でも転倒などの事故や土いじりによる受傷部位からの感染が多いようです。創傷部位を適切に治療することにより、感染の可能性が低くなります。しかし、破傷風菌の芽胞は極めて些細な創傷部位からでも侵入すると考えられており、侵入部位が特定されていない報告事例も多数あります。

 また、アメリカ合衆国では注射による薬物依存者に破傷風患者が報告され、芽胞に汚染された薬物、その溶解液や注射器からの感染の可能性が指摘されています。日本国内でも薬物乱用者の増加が懸念されていることから、今後注意が必要です。新生児破傷風は、衛生管理が十分でない施設での出産の際に、破傷風菌の芽胞で新生児の臍帯の切断面が汚染されることにより発症します。

臨床症状

 破傷風菌が産生する毒素には、神経毒(破傷風毒素、別名テタノスパスミン)と溶血毒(テタノリジン)の2種類があります。破傷風の主な症状である強直性けいれんの原因は、主に神経毒である破傷風毒素によると考えられています。患者は通常3~21日の潜伏期を経て特有の症状になりますが、その段階は次の4期にわけられます。

■第一期…潜伏期の後、口が開けにくくなり、歯が噛み合わされた状態になるため、食物の摂取が困難となります。首筋が張り、寝汗、歯ぎしりなどの症状もでます。

■第二期…次第に開口障害が強くなります。さらに顔面筋の緊張、硬直によって前額に「しわ」を生じ、口唇は横に拡がって少し開き、その間に歯牙を露出し、あたかも苦笑するような痙笑(ひきつり笑い)といわれる表情になります。このような顔貌を破傷風顔貌といいます。

■第三期…生命に最も危険な時期であり、頚部筋肉の緊張によって頚部硬直をきたし、次第に背筋にも緊張、強直をきたして発作的に強直性痙攣がみられます。腱反射の亢進、バビンスキーなどの病的反射、クローヌスなどがこの時期に出現します。

■第四期…全身性の痙攣はみられませんが、筋の強直、腱反射亢進は残っています。諸症状は次第に軽快していきます。
破傷風では初期(第一期)症状(一般に開口障害)から、全身性痙攣(第三期)が始まるまでの時間をオンセットタイムといい、これが48時間以内である場合、予後は不良であることが多いようです。

新生児破傷風

 潜伏期間が1~2週間で、特徴的な症状には吸乳力の低下などがあります。発症すると60~90%が10日以内に死亡します。1999~2000年に報告があった破傷風症例(157例)の中で、臨床材料から菌が分離されたのは1例で、他の156例は臨床症状から診断されました。このように、強直性痙攣などの破傷風特有な症状により臨床的に診断されることが多くあります。破傷風治療の要である抗破傷風ヒト免疫グロブリン(TIG)療法は、発症初期に実施することが望ましいので、破傷風の治療には早期診断が重要です。破傷風の診断では感染部位を特定することは重要ですが、必須ではなく、実際に感染部位が特定されていない場合も少なくありません。そこで、外傷の有無に関わらず、開口障害や嚥下困難などが認められた場合には破傷風を疑う必要があります。

治療・予防

 治療として、TIGの投与や、さらに感染部位の充分な洗浄やデブリードマンを行い、抗菌薬を投与します。対症療法として、抗痙攣剤の投与、呼吸や血圧の管理も重要です。破傷風毒素に対する特異的治療薬であるTIGは、組織に結合していない血中の遊離毒素を特異的に中和することができますが、既に組織に結合した毒素を中和することができないと考えられています。従って、その投与は可能な限り早期に実施することが望ましいとされています。TIG療法としては、外傷患者では1,500~3,000単位を1回投与します。熱傷患者では熱傷部位から免疫グロブリンを含む体液が漏出するために、投与量を増量します。

 破傷風はヒトからヒトへ伝播することはありませんが、呼吸や血圧の管理が可能な集中治療室などで実施することが望ましいとされています。また、回復した患者でも十分な免疫が誘導されないので、ワクチン接種をして免疫を獲得することが望ましいとされています。

ワクチン

 平成26(2014)年8月現在、破傷風の定期接種として使用できるワクチンは、DPT-IPV(4種混合)、DPT(3種混合)、DT(2種混合)の3種類です。
DPT-IPV(4種混合)ワクチンは平成24(2012)年7月27日に承認され、平成24(2012)年11月1日から定期接種に導入されました。4種混合ワクチンの臨床試験において、承認時までに得られた主な副反応は、接種部位の副反応として注射部位紅斑、注射部位硬結、注射部位腫脹等、注射部位以外の副反応として発熱、気分変化、下痢、鼻漏、咳、発疹、食欲減退、咽頭発赤、嘔吐等が見られました。また、重大な副反応では、極めてまれにショック、アナフィラキシー、血小板減少性紫斑病、脳症、けいれん等が見られることがあります。平成25(2013)年7月1日~平成26(2014)年2月28日までの副反応報告頻度は、医療機関からの報告が0.002%、製造販売業者からの報告が0.002%でした。接種人数のべ約201万人のうち、医療機関から副反応の報告があった47名は、うち21名が重篤症例でした。
DPT(3種混合)ワクチンは、2018年1月29日から再び使用可能となりました。

参考資料として
・国立感染症研究所ホームページ「破傷風とは」
http://www.nih.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/466-tetanis-info.html
・「予防接種に関するQ&A集・百日咳・ジフテリア・破傷風・ポリオ」-一般社団法人日本ワクチン産業協会(岡部信彦 川崎市健康安全研究所所長、多屋馨子国立感染症研究所感染症疫学センター第三室(予防接種室)室長 )
・国立感染症研究所「日本の定期/任意予防接種スケジュール」(2020年10月1日現在)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/schedule.html
監修:大阪府済生会中津病院感染管理室室長 国立感染症研究所感染症疫学センター客員研究員 安井良則氏