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概要

 1957年以降、半世紀近くの間、日本国内での狂犬病感染事例は報告されていません。現行の検疫制度が維持され、狂犬病予防法に基づく飼いイヌへの狂犬病ワクチン接種が十分に行われていれば、国内で狂犬病ウイルスに感染する可能性はほぼゼロと考えられます。しかし、世界的にみれば狂犬病発生のない国はむしろ例外的存在であり、地球上には今なお毎年数千から数万人の狂犬病犠牲者が発生している狂犬病常在地域があります。そして毎年多くの日本人がこれらの地域を訪れています。現在日本に狂犬病の発生がないため、海外に出る日本人は狂犬病に対する警戒心に乏しいといえます。海外で狂犬病危険動物に咬まれて受診する曝露後発病予防希望者は近年増加しており、海外の狂犬病常在地域で狂犬病ウイルスに感染して帰国後に発病する輸入狂犬病は、今後も発生する可能性があります。また、海外で移植手術を受ける日本人もいるので、臓器移植を介しての輸入狂犬病にも注意しておく必要があります。

 狂犬病の特徴は①臨床的特徴:狂犬病ウイルスが致死的な脳炎を起こすため、発病すればほぼ100%死亡する、発病する以前および発病初期に狂犬病ウイルス感染を証明できる検査法がない、②発病病理的特徴:潜伏期が通常1~3か月と長く、1年以上の例もある、③疫学的特徴:ほとんどすべての哺乳動物が罹患し、地域によってウイルス伝播動物の種類が異なる、狂犬病の流行は都市型と森林型の二つの型に区別できるなどです。

感染経路

 狂犬病ウイルスは狂犬病動物の唾液中に高濃度に含まれるため、咬傷による感染が最も一般的な感染経路です。特殊な感染経路の例として、多数のコウモリが生息する洞窟に入り経気道的に狂犬病ウイルスに感染した例、狂犬病で死亡したウシの皮を剥いだときに皮膚の傷から感染したと考えられる例、角膜移植、腎臓、肝臓移植などを介して狂犬病ウイルスに感染した例などがあります。現在まで医学的に証明されたヒトからヒトへの狂犬病の感染例は、臓器移植を介する例のみです。

 動物種により感受性に差があるとはいえ、ほとんどすべての哺乳動物が狂犬病ウイルスに感染します。狂犬病伝播動物の種類は地域によって異なり、イヌ、ネコ、キツネ、アライグマ、コウモリなど多岐にわたります。

症状

 狂犬病ウイルスは通常、狂犬病動物に咬まれた傷口から侵入します。唾液とともに体内に入った狂犬病ウイルスは傷口付近の筋肉細胞内で増殖し、神経筋接合部から神経細胞に侵入し、細胞質の流れにのってゆっくりと上行します。やがてウイルスが脊髄に達すると初めて症状が出ます。狂犬病ウイルスが傷口から脊髄に達するまでを潜伏期、脊髄に達してから脳に達するまでを前駆期といいます。

 潜伏期は普通1~3か月で、1年以上の例が7~8%ほどあり、最長は7年という記録があります。潜伏期には咬傷部位の痛みなどのほかには症状がありません。先駆期はウイルスが脊髄に達した時期であり、一度治癒した咬傷部位の疼痛(ずきずきする痛み)、かゆみ、知覚異常などがほぼ半数の患者にみられ、発熱、頭痛、筋肉痛、倦怠感などの症状もあります。2~10日の前駆期のあとに急性神経症状期に入り、患者は強い不安感、異常行動、見当識障害(現在の自己および自己の置かれた状況を正常に認識できない状態)、幻覚、痙攣発作あるいは麻痺といった神経症状を現します。半数近くの患者に咽頭喉頭部の激しい有痛性の痙攣発作が起こります。この発作は水を飲もうとするときに起こるため患者は水分摂取を拒否します(恐水発作という)。また、痙攣が起きなくても、洗顔や手洗いなどの水に触れる行為を避ける患者もみられます。さらに、冷たい風が頬にあたっても咽頭喉頭部の痙攣が起こるので患者は風を避けます(恐風症という)。急性神経症状期は2~10日ほど続くが、この間に意識状態が徐々に悪化し、昏睡に陥るか、あるいは突然死亡します。昏睡期は数時間から数か月続きますが、通常は昏睡に陥って間もなく呼吸が停止して死亡します。通常狂犬病に回復期はありません。

治療および発病予防

 一度発病してしまった狂犬病に対する有効な治療法は確立していません。狂犬病が疑わしい動物に咬まれたのち、狂犬病死を免れる唯一の手段は、狂犬病ワクチン接種による狂犬病曝露後発病予防です。WHOは、ヒトが狂犬病の危険がある動物に咬まれた場合には、直ちに傷口を洗浄、消毒し、ヒト狂犬病免疫グロブリン(HRIG)を体重1kg当たり20IU注射するとともに組織培養狂犬病ワクチンを、初回接種日を0日目として、それぞれ0、3、7、14、30日目に計5回接種するように勧告しています(エッセン方式)。必要があれば90日に6回目の接種を行います。ただし狂犬病ワクチンを常備している医療機関は少数であり、HRIGは日本国内で製造も輸入もされていないなど、輸入狂犬病に対する日本の医療体制は不十分です。このため、海外で危険動物に咬まれた日本人が治療を希望して帰国しても、日本の医療機関でWHOの勧告通りの狂犬病発病予防を受けられるという保証はほとんどありません。また、WHOの勧告通りHRIGの注射と曝露後免疫を受けても狂犬病を発症して死亡した例が報告されています。

咬まれる前(曝露前)の予防法

 副反応がほとんどない狂犬病ワクチンが開発されてからは、狂犬病動物に咬まれる前に、危険が予想される人々への予防接種が可能になりました。狂犬病ワクチンを3回接種して(日本式では0、1、6か月)基礎免疫完了とされており、基礎免疫完了後に危険動物に咬まれた場合には、改めて少なくとも2回のワクチン接種を行うよう指示されています。多くの渡航者は海外渡航が決定してから出国までの時間が1~2か月程度なので、日本式の接種予定で3回の接種を完了することは困難です。次善の策として、狂犬病が常在する地域に長期滞在する人々や医療機関から離れた地方を旅行する人々は出発前に、少なくとも2回の狂犬病ワクチン接種を済ませておき、咬傷を受けたなら直ちに狂犬病ワクチン接種を受けるとよいとされています。狂犬病常在地で動物を扱う予定のある渡航者は、狂犬病ワクチンを0、7、30日目に注射するWHO方式または0、7、21日目に注射するアメリカ方式で曝露前免疫を受けることも可能です。現在日本に狂犬病がないとはいえ、獣医師をはじめ動物の検疫に従事する人々や特殊な動物を扱う機会の多い人々は、狂犬病の予防接種を受けておくべきです。

参考資料として
・「最新感染症ガイドR‐Book 2012」-日本小児医事出版社 2013年10月発行(編集:米国小児科学会、監修:岡部信彦 川崎市健康安全研究所所長)
監修:大阪府済生会中津病院感染管理室室長 国立感染症研究所感染症疫学センター客員研究員 安井良則氏
更新:2014/10